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非@食べ歩き

食の本~感想・記録・書評みたいなこと。食のニュース批評・食文化の研究を通して食事力を鍛えてます
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『百年の食 食べる、働く、命をつなぐ』
渡部 忠世
4093876835

子供に「いただきます」を言わせたくない親がいるという。
 なんでも、金を払って食べている物に対して、なんら意思表示の必要はない、ということらしい。

 「いただきます」にどんな意味を込めるのかは、それぞれが勝手に決めれば良いと思う。だが、金銭がどうこうという次元で、「いただきます」を言いたくないとは、変わった人もいるものだ。

 で、私は、変わった人だと思ったが、世間がどう思うかは分からない。
でもたぶん、世間の認識は、言うのが普通。ということだろうから、言いたくないというのは変人、ということになるだろう。

 ただ、これもどうなるか分からない。言わないのが当たり前に変わっていくかも知れない。おおよそ不変の習慣や、倫理、つまり文化などないだろう。

 食に対する価値観はこの数十年で大きく変化した。食べなければ死ぬという大原則は全く変わっていないのに、生きることと食べることの関係は、人の気持ちの上ではとても薄くなった。
 食への関心が高くなったというのは、どこの誰のことだろうか。
 
 現代人は、働かず食うことに遠慮もない(働けない人とは分けて考えている)。食べ残す。食べないで捨てる。ながら喰い。ついで喰い。栄養食餌。色々・・。

 人により程度の差はあっても、食を軽視する態度、あるいは食に対する畏敬の念というものが、自分を含め、世間一般に希薄になっていることは間違いないだろう。

 不耕貪食という言葉が、この本に出てくるが、自ら耕すことなく貪り食うことができるようになった社会とは、すなわち、金で食べ物を自由に
得ることができるようになった社会だ。
 
 自分の金で得た食べ物だから、残しても、捨ててもいい。いいかげんに食っても、なんら気が咎めないというのでは、「いただきます」を言いたくない人と倫理的には大差がないだろう。
 食べることの価値が、ただ金銭の価値に置き換わってしまっているのだ。

 
 現代は、食物の供給を完全に他者に頼ることが可能な上に、歴史上最も貪食する時代だ。
 食べ物を作る仕事、つまり農業を普段から意識することなく、それでいてなに不自由なしに食っていける。
 金を出せば、いつでも、いくらでもおいしいものが出てくるという仕組みが当たり前過ぎて、目の前の米一粒、芋一本からどこかの誰かの農業を想像することは難しいし、想い描く必然も起こらない。

 我々は、農業を他者に頼る仕組みを作ることで、毎日の食物を作り出す苦労から解放された。
 農業から離れ、自然や土地から解放されたことで人は、自由に、よりスケールの大きな活動が可能になったのではないだろうか。

 それが文明の進歩であり、我々はそこから様々な恩恵を受けていることを否定することはできない。

 しかし、自ら手に土することなく、飽食を謳歌して得られる幸福がある一方で、生きること、働くことの持つ本来の幸福を、農業との離別によって我々は忘れてしまったのではないか、と私は、疑ってしまう。
 でもそれは、隣の芝が青く見えるだけで、生きること、働くことの幸福に、昔も今も違いは無いのかも知れない。

 だとしても・・・、それでも農業には、他にはない、何か本当の充実があるのではないかと、近頃、妄想にふけることが多くなった。

 働くことはもっとも楽しいものであり、働くことはまた、もっともつらいものである。自由に働くのはもっとも楽しいが、奴隷のように働くのはもっともつらい。
 したがって農業は、自分の畑を耕すならば、もっとも楽しい仕事である。仕事からその結果へ、また始めている仕事からその次の仕事へと思いは絶えず前進して行く。さらに、いつも同じ畑で働けるという保証があれば、もう儲けのほうなどどうでもよくなる。

本書より、『幸福論』アランの引用


 著者は、

 農業が資本や技術の合理性だけでは説けない、「生きがい」といった問題をかかえていることを観念的に理解していたつもりだ

という。
 そのことを、松井浄蓮という人の営農や生活の日常に親しく接することで、「正業としての農業の姿を心底から実感」したそうである。
 
 松井浄蓮とは、終戦直後、滋賀県は坂本の山中に入り、家族と開墾生活を始めた人で、「この国のあるべき農業の姿、農業を基盤としたこの国の未来像」を掲げ、また実践したのだそうだ。

 本書には、松井の書き残した多数の書き物から、「いきること、働くこと」という課題に沿って選ばれた文章が、ページを多く割いて採録されている。
 
 著者が言うように、心底というわけにはいかないが、(現実問題としてのお金のことや、現在置かれている社会的なしがらみがある)農業に対して私が抱く、無責任なあこがれを増長させられたことは確かだ。
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