杉山 経昌
私には、はっきりしたものではないが、就農へのあこがれがある。
両祖父母や、叔母が農家であることや、農業ではないが、父が職人をしている関係で、一般のサラリーマンと比べてかなり融通の利く生活をしていたということも、就農願望に大きく影響している。
本を読んでは、玉村豊男さんの人生にも感化されるところが多い。
いまでこそ、そんなことを考えるが、子供のころはそんなことは考えもしなかった。普通に学校へ行き、普通のサラリーマンになってしまった。
後悔はしていないが、選択肢として農業が浮かばなかったことが残念だ。
農業に対して根拠のないあこがれを持つのは、仕事上の人的不満や、無能な自分への嫌悪の裏返しである。現実逃避である。
人的な不満や、自己嫌悪から逃れる方法とは、社長になる。特技で食っていく。など要するに労働の主体性を獲得することであるが、農業もこれに含まれるのではないかと思う。
甘いと言われることは承知している。しかし、農業は、これまでの蓄積を活用することができ、人手も不足気味という状況だ。
労働の主体性を取り戻すことを目標とするならば、ベンチャービジネスを起こしたり、特技を開発するよりは、よほど近道なのではないかと思う。
億万長者を目指すわけではなく、名声も欲しない。ただ、自分の描く充実した暮らしに最適化した労働は何かというとき、どうしても農業が頭を離れない。
しかし、問題は、私が農業を何も知らないということだ。
私には親戚に農家がいるが、そうでない人が多いだろう。仮に農家の知人がいたとしても、労働の主体性を取り戻すために農業を始め、成功したという人に出会うことは希だろう。
農業のやり方は教えられても、自分の価値観や、目標を達成するための農業経営術を構築し、伝えられる人はどれだけいるだろうか。
最適化農業、と著者が書いている農業とは、経済原理に最適化することだけでなく、自分の信念や、価値観の反映を織り込んだものだ。
が、そのこだわりはあくまで、こだわらない場合の影響評価をふまえたものだという。
農業には、運任せ、天任せの部分があるが、それも与件として経営に組み込んでおく。名人芸に頼らないノウハウの開発。闇雲に働き、ひたすら作るのではなく、あくまで自分に最適化された農業を目指す。
つらいつらいと働いて、結果は天任せでは、われわれサラリーマンと何も変わらない。働くことの主体性が無い。
農業を自分の価値観に最適化させる方法を編み出し、労働の主体性を取り戻した著者の仕事ぶりには、勇気づけられる。
実際のノウハウは詳しく書かれていないが、そこまで望むのは図々しいだろう。しかし、こういうことが可能だ、という道筋が示されただけでも、農業の解体と再構築への前進を感じた。
ないでしょうか。私の方でいえば
時代の荒波で大学・会社と2度も
退場処分を喰ったので、普通の
サラリーマンの有難味が痛いほど
実感としてあります。言葉は悪い
ですが、何があってもしがみつく、
現実的にはまさってると思います。
食や音楽や生き方等、お互いに、
ぼちぼちと考えながらやっていけ
ればいいですね。
たしかに、横からしか見ていないのに、あこがれる。だなんて馬鹿だなあ。と自分でも思います。甘ちゃんですよね。ホント恥ずかしいです。
片方の祖父母は80を超えていまだに現役で、肉牛の肥育をやりながら、畑と田んぼをやっています。会えば、よくしゃべり、笑います。
このままグズグズと生きていたら、きっと、あんな風にはなれないだろうな。なにやってるんだ、自分は。なんてついつい考えてしまうのです。
思い出しました。27年余りいた
かって最大手だった某スーパーを
去るも残るも地獄で去ったあと、
兵庫農村公社の無料就農講座、
90分10回と農家実習だったか、
いやあ、内容の農業経営と流通・
農村社会の特徴・兵庫農業特性・
土壌と肥料・野菜果樹の栽培等
もう学べば学ぶほど、こりゃ
無理やなあと嘆息でしたねえ。
流通業も農業も他の業種でも
横から見るのと真正面からと
では違って難しいを実感でした。
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