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非@食べ歩き

食の本~感想・記録・書評みたいなこと。食のニュース批評・食文化の研究を通して食事力を鍛えてます
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環境リスク学―不安の海の羅針盤
中西 準子
4535584095

 今朝の朝刊に、米国産牛肉の混載についての報道がありました。
詳しくは農林水産省のプレスリリースにて。

 またか、と大騒ぎになるかと思いきや、まあ、内容が大したことがなかったのか、マスコミも大きくは取り上げないようです。

  一時からすれば静かになったような気がします。
それは、マスコミが数字のとれない、飽きられたネタと判断しているのか、それとも、さすがにこれだけ時間があれば、いろいろ分かってきて、政府、米国たたきを続けると、あとでしっぺ返しがありそうだと読んでいるのか。ともかく、不安をあおるための報道が下火になるのは良いことだと思うのです。

 ところで、この本には、BSE問題は、日本でのリスクの演習問題だと書かかれています。
 牛肉に存在する危険(ハザード)は、どの程度のリスクとなりうるのか。そのリスクがどのレベルなら受け入れられるのか。受け入れ可能なレベルに下げるための費用がいくらなら妥当なのか。
 こんな問いかけに、政府から消費者個人までもが、真剣に考える良い機会になっていると思う。私も自分なりにリスクのことなんかを考える機会ができて、いくらかの収穫にはなったと思う。

 それはさておき、私は、安く牛肉を食べたい。
だから、BSE問題については、食べても構わないこと証明する側に立った論に目が留まってしまいます。反対に否定的なものには、感情的だなぁと、どうしてもやや斜めから見てしまう。
 
 私は、基本的には食べても大丈夫だと思うのですが、そうではなく、納得できないものを口にはできないという人もいます。
 もちろんその考え方を否定するつもりはありません。むしろ、そういう人がいるのが普通だと思います。

 今は、安全性については、研究者の立場の数だけ違う評価がある、と私は思っています。だからそのことを○か×かと問題にするのはなんだか不毛な気がします。

 消費者としていま問題にしたいのは、食肉に否定的な人たちと、私のような者とがいかにして同じ物差しでリスクを評価できるかということだと思うのです。

 この本には、その解決を目指すツールとしてのリスクの取扱い方が示されています。
 たとえば、75万頭のBSE牛を食べてしまったイギリスの統計から、1000頭分の異常プリオンを食べると、一人弱の患者が発生するという数字が出ています。
つまり10頭分ずつ100年間食べ続けると1名以下が発病します。
 こういう数字を示すことで、この100年を10年にするのか、1000年にするのか、そのためにどういった対策が必要で、どれだけの費用がかかるのか、を誰もが同じ物差しで議論できるようになるのです。

 とはいえ、命を値段で議論することにどうしても抵抗のある人がいるのも事実です。100年に一人が自分だったら、家族だったら。そう考えるのも、それは仕方がないことです。しかし、それにこだわることで失われる社会全体の利益はどうなるのだろうか。また、米国牛を販売できなくて困った人が自殺したとしたら、その人の命はいったいどう考えたらいいのだろうか。
 解ることと、判断することの間で、複雑な気持ちになってしまうBSE問題なのです。
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