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非@食べ歩き

食の本~感想・記録・書評みたいなこと。食のニュース批評・食文化の研究を通して食事力を鍛えてます
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私の親戚に、摂食障害を患った人がいました。
詳しい事情を直接聞くことはできませんが、食べては吐き戻すことが常習化していたようです。

過食症は、専門的には神経性大食症といい、排出型と非排出型の2つの病型に分けられのですが、彼女の場合は、排出型に当てはめられるようです。

現在は通常の生活を送っているので、ひとまず安心ですが、
当時は、育ての親でさえ、どうしてこんな事になるのかと戸惑い悩んだというのですから、ましてや他人の私が簡単にわかることではありません。何も言えず(言う立場でもありませんが)、理解や、救いもできないというのは、周りにとってもつらいことです。

多くの人にとって楽しみである食に対して、障害を感じる気持ちは、経験した本人にしか分からないことかも知れません。

しかし、今の世の中、いつ家族、友人、そして自分が、摂食障害をはじめ、どんな心の病を抱えることになるか分かりません。

万が一のとき、せめて異常のサインぐらいは感じてやれるように、ちょっとした知識として、そういう本を読んでみる。食べないこと、食べられないことから、食べることを考えても、まあ、おもしろい。

さて、摂食障害の原因については、多くの書籍や、ネットでもいろいろと調べることができますが、
その中でよく登場するのが、過去の出来事を起因とする説です。

家族機能の障害や、養育環境の不備。乳幼児期の親からの愛情不足、思春期・青年期における外傷経験そして、ソーシャルスキルの不足など、様々ですが、
これらはすべて、患者の過去や、これまでの成長過程に原因を求めるものです。

ほかにも、女性は、外見的に魅力的な存在でなければならないというジェンダー圧力によるダイエット起因説もよくみられます。

これらは、なかば定番化しつつあるようですが、ただ、これですべての患者の行動を説明できるかといえば、そうではないでしょう。

ガンを手術で摘出するように、摂食障害を、過去の出来事や、社会の圧力を克服することで治療できると考えるのは、すこし無理があるかもしれません。
過去は変えることができないし、社会は患者ひとりの力で変わるものではありません。にもかかわらずその部分に解決を見いだそうとしたところで、結局はどうにもならない絶望感が待っているだけではないでしょうか。

先日紹介した本の中で、志和資朗さんが摂食障害の治療について、違ったアプローチの仕方を書いています。

摂食障害は、患者にとって「目的」になっているという見方です。
未来に向けて何かを変えようとする目的のために、その症状が現れている(使われている)というのです。
未来へ目を向けることは、過去にとらわれたり、現状を嘆くよりもずっとポジティブな生き方でしょう。

変えたいものがなんであれ、その達成に向けて、摂食障害の症状を用いる必要はなく、もっと適切で建設的な対処法があり、その実践が大切であることを学ぶことができれば、
もしかしたら、回復へと向かうこともあるかもしれません。
どうしてそうするのか、ではなく、どうしようとしているのかを、周囲が感じ取って、理解してやることも大事なのかもしれません。

と、あてずっぽうに、あくまで無責任に言い放っておやすみなさい。
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